
「リスキリング研修を用意したが、受講率が上がらない」——多くの企業が直面している壁です。原因は研修の内容ではなく、社員が「自分で学び、振り返り、認められる」というサイクルを経験していないことにあります。そしてこのサイクルを最初に経験する場が、入社直後のオンボーディングです。この記事では、リスキリングとは何か、なぜオンボーディングがその入り口になるのか、経験学習の仕組みをどう作るかを解説します。
リスキリングとは
リスキリングとは、事業や技術の変化に合わせて、社員が新しい業務に必要なスキルを獲得し直すことです。既存のスキルを深める「アップスキリング」、個人が仕事を離れて学び直す「リカレント教育」とは区別され、リスキリングは企業が事業戦略の一部として、社員に新しい役割で必要なスキルを身につけてもらう取り組みを指します。
リスキリング・リカレント教育・研修の違い
| 項目 | リスキリング | リカレント教育 | 従来の研修 |
|---|---|---|---|
| 主体 | 企業(事業戦略の一部) | 個人 | 企業(人事) |
| 目的 | 新しい業務に必要なスキルの獲得 | 個人のキャリア・教養 | 現在の業務の知識習得 |
| 場 | 仕事をしながら | 仕事を離れて | 集合研修・eラーニング |
| 期間 | 継続的 | 一定期間 | 単発 |
リスキリングが注目される背景には、スキルの陳腐化の速さがあります。世界経済フォーラムの報告では、今後5年間で労働者のスキルの44%が変化すると見込まれています(WEF「Future of Jobs Report 2023」)。日本政府も2022年に、リスキリング支援に5年間で1兆円を投じる方針を示しました。学び直しは一部の職種の話ではなく、すべての社員に関わる前提になりつつあります。
ただし、リスキリングを「新しい研修プログラムを買うこと」と捉えると失敗します。スキルが変化し続ける環境で必要なのは、特定の研修ではなく、社員が仕事の中で学び続けられる仕組みです。研修は仕組みの一部にすぎません。
今後5年間で変化すると見込まれる労働者のスキルの割合
出典:世界経済フォーラム「Future of Jobs Report 2023」
なぜリスキリング研修は受講されないのか
リスキリング研修が受講されない理由は、社員が「学ぶことが評価され、仕事に活きる」という経験を持っていないからです。研修を用意しても、日々の業務で手一杯で、学んでも使う場がなく、学んだことを誰も認めない環境では、受講は後回しになります。これは社員の意欲の問題ではなく、学習が職場のサイクルに組み込まれていないという設計の問題です。
人が仕事を通じて成長する仕組みを説明したのが「経験学習」の理論です。具体的な経験 → 振り返り → 教訓の抽出 → 新しい状況での試行、というサイクルを回すことで学びが定着するとされ(Kolb, 1984)、日本の職場での研究では、少し背伸びした仕事(ストレッチ)、振り返り(リフレクション)、仕事を楽しむこと(エンジョイメント)の3つが成長を支えることが示されています(松尾睦『職場が生きる 人が育つ「経験学習」入門』ダイヤモンド社, 2011)。
人材育成の分野でよく引かれる「70:20:10」の考え方(Lombardo & Eichinger, 1996)でも、学びの70%は仕事の経験から、20%は他者との関わりから、10%が研修からとされています。比率の正確さには議論がありますが、研修だけでスキルは身につかず、仕事の中で経験し振り返る仕組みがあって初めて定着する、という点は多くの実務家が同意するところです。
経験学習の視点で見ると、リスキリング研修が受講されない職場には共通点があります。経験の機会(新しい仕事)がない、振り返りの場(1on1や共有)がない、学んだことが認められない、の3つです。研修を増やしてもこの3つが揃わなければ、学びは定着せず、社員は「研修は業務の邪魔」と感じるようになります。
なぜオンボーディングがリスキリングの入り口なのか
オンボーディングがリスキリングの入り口になる理由は、社員が「この会社では学ぶとはこういうことだ」を最初に学習するのが入社直後の90日だからです。この期間に「自分で学ぶ内容を選び、小さな仕事で試し、振り返り、認められる」経験をした社員は、その後も同じサイクルで学び続けます。逆に「与えられた研修を受けて、あとは現場で見て覚える」だけを経験した社員は、リスキリングの場面でも受け身になります。
研修中心のオンボーディングと、経験学習中心のオンボーディング
研修中心
- 入社直後に集合研修で知識を一括で与える
- 配属後は「見て覚える」現場任せ
- 振り返りの場がなく、経験が学びにならない
- 社員は「学び=研修を受けること」と学習する
経験学習中心
- 学ぶ項目の一部を新人が選び、順序とペースを委ねる
- 取り返せる大きさの仕事を任せ、経験の機会をつくる
- 週次1on1で振り返り、何が良かったかを言葉にする
- 社員は「学び=仕事の中で試して振り返ること」と学習する
経験学習中心のオンボーディングは、新人の内発的な動機づけを支える「自律性・有能感・関係性」(自己決定理論(SDT)とは)を満たす設計と重なります。自分で選び、できたと感じ、認められる。この経験が「学ぶことは自分のためになる」という感覚を作り、リスキリングへの姿勢を決めます。
もう一つ、オンボーディングが入り口になる実務的な理由があります。入社直後は、学習の仕組みを本人が「当たり前」として受け入れやすい時期だという点です。2年目以降の社員に新しく振り返りの定例を導入するのは抵抗がありますが、入社時からある仕組みは文化として定着します。オンボーディングで作った学習の型は、そのまま組織の学習文化になります。
継続学習の仕組みをつくる
オンボーディングで作った学習の仕組みを、そのまま継続学習に広げるには、次の3つを揃えます。
1. 学習の単位を「経験+振り返り」にする
研修の受講を学習の単位にするのではなく、「新しい仕事を1つ経験し、振り返りを1回行う」を単位にします。オンボーディング期の「1週間で終わる仕事+1on1での振り返り」が、そのまま2年目以降の「少し背伸びした仕事+月1回の振り返り」に拡張できます。
2. 学習の履歴を残し、次に活かす
オンボーディング期に何を学び、何ができるようになったかの記録は、リスキリングの出発点になります。異動時には「前の部署で身につけたこと」を参照して重複する学習を省け、リスキリングでは「次に必要なスキル」を本人と上司が同じ記録を見ながら決められます。履歴が個人のメモにしか残らない状態では、この連続性が切れます。 履歴に残すのは受講記録ではなく、「どの仕事を経験し、振り返りで何を学んだか」です。研修の修了証より、この記録のほうが次の配置やリスキリングの判断材料になります。
3. 学びを「認める」場を仕組みに入れる
学んだことが認められなければ、学習は続きません。1on1での具体的なフィードバック、社内勉強会での共有、学習履歴の可視化など、「学んだことが見える」場を定例にします。オンボーディング期に「小さな成功を認められた」経験が、その後の学びの継続を支えます。 認める相手は上司だけでなく、同じ部署の先輩や別部署の同僚にも広げると、学びが個人と上司の間で閉じず、組織の知識として共有されていきます。
継続学習の仕組みの3要素
- 学習の単位を「経験+振り返り」にし、オンボーディング期の設計を2年目以降に拡張する
- 学習の履歴を残し、異動・リスキリングの出発点にする
- 学んだことを認める場を定例にし、学習が続く理由をつくる
オンボーディング基盤は、この3つを最初から備えています。onbx(WellColab が提供するオンボーディング基盤)は、90日のジャーニーでの学習タスク・振り返り・フィードバックを記録として残し、90日の後も同じ仕組みでジャーニーを継続できるため、入社直後の学習がそのまま継続学習の基盤になります。
よくある質問
リスキリングとリカレント教育は何が違う?
主体と場が違います。リスキリングは企業が事業戦略の一部として、社員が仕事をしながら新しい業務に必要なスキルを獲得する取り組みです。リカレント教育は個人が仕事を離れて学び直すことを指します。企業の人事施策として設計するのはリスキリングのほうです。
研修コンテンツを増やせばリスキリングは進む?
進みません。研修は学びの一部にすぎず、経験と振り返りの場がなければ定着しません。研修を増やす前に、学んだことを使う仕事の機会と、振り返りの定例があるかを確認してください。
忙しくて学ぶ時間が取れない社員にはどうする?
「学ぶ時間」を業務の外に作ろうとすると失敗します。今の業務の中に「少し背伸びした仕事」を組み込み、その振り返りを1on1に含める形にすれば、追加の時間はほとんど要りません。学習を業務と分けないことが、忙しい職場での唯一の解です。
学習履歴は具体的に何に使う?
異動時の引き継ぎ、リスキリングの出発点の把握、上司との目標設定、人的資本開示の根拠、の4つです。特に異動時に「何ができるか」が記録として渡されると、異動先でのオンボーディング(クロスボーディング)が大幅に短縮されます。
さいごに
リスキリングの成否は、研修の量ではなく、経験学習のサイクルが職場で回るかどうかで決まります。そしてそのサイクルを社員が最初に経験する場が、入社直後のオンボーディングです。学ぶ項目を選び、小さな仕事で試し、振り返り、認められる——この90日の経験が「学び続ける社員」の土台になり、オンボーディングで残した学習の仕組みと履歴は、そのままリスキリングの基盤になります。
90日の具体的な設計は最初の90日で定着は決まるを、学習履歴やデータをどう活かすかはAI時代の新人教育をあわせてご覧ください。



