
「うちの離職率は高いのか低いのか」——この問いに答えるには、まず「離職率」が何を指しているかを決める必要があります。分母を入社者にするか在籍者にするか、期間を1年にするか3年にするかで、同じ職場でも数字は大きく変わります。そしてもう一つ、定着率・離職率は結果の指標であり、数字が出た時点ではすでに手遅れです。この記事では、指標の定義と計算式、比較の目安になる全国平均、そしてオンボーディングのKPIを「結果が出る前に手を打てる先行指標」で設計する方法を解説します。
定着率・離職率とは
定着率とは、一定期間の初めに在籍していた(または入社した)社員のうち、期間の終わりにも在籍している人の割合です。離職率はその裏返しで、期間中に離職した人の割合を指します。単純な定義ですが、実務では「分母」と「期間」の取り方で数字が変わるため、社内で定義を固定しておかないと比較ができません。
定着・離職に関する指標の定義と計算式
| 指標 | 計算式 | 用途 | 注意点 |
|---|---|---|---|
| 離職率(全社) | 期間中の離職者数 ÷ 期首の在籍者数 | 全社の人材流動の把握 | 期間は年度が一般的。自己都合と会社都合を分けて集計する |
| 定着率(入社者) | 期間終了時の在籍者数 ÷ 期間中の入社者数 | 受け入れの成果の把握 | 入社時期を揃える(例:同じ年度の入社者) |
| 早期離職率 | 入社後N年以内の離職者数 ÷ 入社者数 | オンボーディングの最終指標 | Nは1年と3年の両方を見る。1年は受け入れ、3年は育成の指標 |
| 独り立ちまでの期間 | 入社日から「一人で業務を回せる」と判定された日までの日数 | 早期の成果の把握 | 判定基準を90日プランのゴールで固定する |
| 1on1実施率 | 実施された週次1on1の回数 ÷ 予定された回数 | 支援が途絶えていないかの把握 | 先行指標。実施率の低下は放置の兆候 |
全国平均との比べ方
自社の数字を評価するには、比較の基準が要ります。ただし、公的統計は指標ごとに分母が違うため、自社の定義と揃えて比べる必要があります。
全社の離職率の目安は、厚生労働省の「雇用動向調査」です。2023年の常用労働者の離職率は15.4%で(厚生労働省「令和5年雇用動向調査」2024年)、これは年初の在籍者を分母にした1年間の離職率にあたります。産業や規模で差が大きく、宿泊・飲食サービス業などは高く、製造業や金融業は低い傾向があります。
新入社員の早期離職率の目安は、「新規学卒就職者の離職状況」です。2021年3月卒の大卒者の3年以内離職率は34.9%(厚生労働省、2024年)で、これは入社者を分母にした3年間の累計です。1年以内に限ると、大卒でおおむね1割強が離職しています。自社の「入社1年以内の離職率」を見るときは、この1割強が一つの目安になります。
比較で注意したいのは、「平均より低いから問題ない」とは限らないことです。全国平均は大企業も小規模事業所も含んだ数字であり、自社と規模や業種が近い水準と比べる必要があります。また、早期離職とはで解説したとおり、事業所規模が小さいほど離職率は高く、5人未満では大卒でも6割近くに達します。
結果指標だけでは手を打てない
離職率や定着率は、すべて「結果」の指標です。1年後の定着率がわかるのは1年後であり、その時点で辞めた人には手を打てません。しかも辞める意思は、入社後数ヶ月で固まっています。結果指標を追うだけの管理は、退職届を集計しているのと変わりません。
日本で仕事に熱意を持つ社員が5%にとどまる(Gallup「State of the Global Workplace 2023」)という状況も、結果指標だけを見ていては変わりません。熱意の低下は在籍したまま進むため、離職率には表れないからです。「辞めていないから問題ない」という判断が、静かに熱意を失った社員を生みます。定着の指標は、離職を数えるだけでなく、在籍している人の状態を捉えるものでなければなりません。
必要なのは、結果が出る前に状態を捉える「先行指標」です。組織社会化研究のメタ分析(Bauer et al., 2007)は、新人の定着を予測する要因として「役割の明確さ」「自己効力感」「社会的受容」の3つを示しています。この3つを30日・60日・90日で測れば、離職に至る前に「どの要因が損なわれているか」がわかり、打ち手が具体的になります。
オンボーディングのKPI:結果指標と先行指標
| 種類 | 指標 | 測り方 | 手を打つタイミング |
|---|---|---|---|
| 結果指標 | 入社1年以内の離職率 | 入社者のうち1年以内に離職した割合 | 年1回の振り返り(設計の見直し) |
| 結果指標 | 独り立ちまでの期間 | 90日プランのゴール到達日 | 90日ごと |
| 先行指標 | 役割の明確さ | 30/60/90日サーベイ「今やるべきことを説明できるか」 | 数値が下がった時点で1on1で確認 |
| 先行指標 | 自己効力感 | 同「担当業務を一人で回せると感じるか」 | 任せる仕事の大きさを調整 |
| 先行指標 | 社会的受容 | 同「困ったときに聞ける相手がいるか」 | 相談先の再確認、接点の頻度を上げる |
| 先行指標 | 1on1実施率 | 予定に対する実施の割合 | 2週連続で未実施なら人事が介入 |
| 先行指標 | 質問・相談の頻度 | 1on1の記録、バディの記録 | 急減は孤立の兆候 |
先行指標の要点は、「個人」ではなく「フェーズ」や「部署」で見ることです。特定の新人の数値が下がったときは本人への対処ですが、同じフェーズで複数の新人の数値が下がるなら、それは設計の問題です。「30日目のタスクが重すぎる」「A部署はバディの1on1が実施されていない」といった構造的な問題は、先行指標を集計して初めて見えます。記録から予兆を読む考え方はAI時代の新人教育で解説しています。
経営への報告は「率」を「損失額」に翻訳する
指標を測っても、経営の議題にならなければ予算は付きません。人事が「離職率が3%上がりました」と報告しても、経営には重さが伝わりにくい。同じ事実を「年間の離職損失が○○万円増えました」と報告すれば、投資判断の材料になります。
率だけの報告と、損失額に翻訳した報告
率だけの報告
- 「入社1年以内の離職率は18%でした」
- 経営は「高いのか低いのかわからない」
- 対策の予算は「人事の施策」として後回し
- 改善しても「率が下がった」で終わる
損失額に翻訳した報告
- 「1年以内の離職が5人、1人あたり150万円で年間750万円の損失です」
- 経営は「その損失を減らす投資はいくらか」と判断できる
- 対策の予算は「投資対効果」として議題になる
- 改善は「損失が375万円減った」として成果になる
損失額の試算方法は早期離職のコストはいくらかで解説しています。人的資本の開示が求められる時代には、この数字は社内の説得材料であると同時に、投資家への説明にも使われます(オンボーディングは経営の仕事)。
定着のKPI設計 3つの原則
- 定義を固定する:分母(入社者/在籍者)と期間(1年/3年)を決め、自己都合と会社都合を分ける
- 先行指標を持つ:30/60/90日サーベイ(役割・自己効力感・受容)と1on1実施率で、結果が出る前に手を打つ
- 損失額に翻訳する:率は人事の指標、損失額は経営の指標。報告は後者で
先行指標を毎月集計するには、サーベイと1on1の記録が一つの場所に集まっている必要があります。表計算で始めても構いませんが、新人の数が増えると集計そのものが負担になります。onbx(WellColab が提供するオンボーディング基盤)は、30日・60日・90日のサーベイ配信、1on1の実施記録、90日プランの到達度をダッシュボードで一覧にし、フェーズ別・部署別の先行指標を人事と経営が同じ画面で見られるように設計されています。90日プランのゴールが「独り立ち」の判定基準になる設計は最初の90日で定着は決まるで解説しています。
よくある質問
離職率の分母は入社者と在籍者のどちらにすべき?
目的で使い分けます。全社の人材流動を見るなら期首の在籍者を分母にした「離職率」、オンボーディングの成果を見るなら入社者を分母にした「入社N年以内の離職率」です。公的統計と比べるときは、雇用動向調査は前者、新規学卒者の離職状況は後者にあたります。
自己都合と会社都合は分けて集計すべき?
分けてください。オンボーディングの指標として意味があるのは自己都合の離職です。会社都合(契約満了、整理解雇など)を含めると、受け入れの質とは無関係な変動が混ざります。さらに自己都合の中でも「転居・家庭の事情」と「職場への不満」を分けられると、対策の精度が上がります。
新人サーベイの回答率が低い場合は?
質問を3〜5問に絞り、回答に2分以上かからない形にします。回答率が低い最大の原因は「長い」「何に使われるかわからない」の2つです。目的(支援のため、評価には使わない)を明示し、結果を本人にもフィードバックすると回答率は上がります。
新人が年に数人しかいないので、率がぶれてしまう
率で見ないでください。年に3人の入社で1人辞めれば離職率33%ですが、この数字に統計的な意味はありません。小規模の場合は「人数」と「個々の先行指標」で見ます。3人全員の30/60/90日サーベイの推移と1on1実施率を追うほうが、率より正確に状態を捉えられます。
さいごに
定着率・離職率は、分母と期間で数字が変わるため、まず自社の定義を固定することから始まります。全国平均(雇用動向調査の離職率15.4%、新卒3年以内34.9%)は目安になりますが、規模や業種を揃えて比べる必要があります。そして最も重要なのは、結果指標だけでなく、30・60・90日のサーベイと1on1実施率という先行指標を持ち、結果が出る前に手を打つことです。経営への報告は率ではなく損失額で。この3つが、定着を「測る」から「動かす」に変えます。



