
中途で採用が決まった人は、その日から入社日まで1〜3か月を、前職で過ごします。引き継ぎをして、退職を伝えて、慰留されて、同僚に説明して。そのあいだずっと、新しい会社のことを一人で考えています。迎える側からすると、この期間は「入社日を待つだけ」の空白ですが、来る人にとっては、決断が揺れる期間です。内定辞退の多くはここで起き、無事に入社した人も、この期間の扱われ方が初日の温度を決めます。ここで書くのは、部門の責任者がこの間にやっておくことです。人事の手続きの話はほとんど出てきません。来る人が知りたいのは手続きではなく、自分がどのチームで何をするのか、だからです。
空白の1〜3か月に、来る人が考えていること
承諾の連絡をした直後、来る人の気持ちは最も高い位置にあります。そこから入社日まで、何も起きなければ、気持ちは自然に下がります。下がる理由は不満ではなく、情報がないことです。
承諾から入社までに、来る人の中で起きること
| No. | 時期 | 来る人の状況 | 会社から何もないと |
|---|---|---|---|
| 1 | 承諾の直後 | 決めた高揚と、わずかな不安が同居する | 「この判断でよかった」を確かめる材料がない |
| 2 | 退職を伝える頃 | 慰留される。前職の上司から「なぜうちでは駄目なのか」と問われる | 引き留めの言葉に対して、こちらの魅力を思い出せない |
| 3 | 引き継ぎの最中 | 前職の人間関係を清算しながら、次を想像する | 想像する材料がなく、面接で聞いた話を何度も反芻する |
| 4 | 入社の2週間前 | 実務の不安が出る。誰と働くのか、何から始まるのか | 初日の持ち物の案内だけが届き、仕事の話がない |
| 5 | 前日 | 明日が不安になる | 「明日、誰に会えばいいのか」を知らないまま眠る |
この5つのどこにも、給与や制度の話は出てきません。来る人が知りたいのは、自分が入る場所の具体です。そこに答えられるのは人事ではなく、受け入れる部門の責任者です。
入社日そのものを、迎える側の都合で選ぶ
見落とされやすいのが、入社日の決め方です。多くの場合、入社日は本人の退職日から逆算して決まり、迎える側は「その日に来る」と受け取るだけになります。しかし、迎える側の状況を伝えて相談すれば、動かせることは少なくありません。
避けたいのは、部門がいちばん忙しい週です。月末の締め、四半期の追い込み、大きな納品の直前。この時期に入社すると、迎える側に誰も余裕がなく、初日から2週間が「見て覚えてください」になります。本人は「忙しそうだから聞けない」と考え、その遠慮が3か月続くこともあります。
また、責任者が出張や長期の会議で不在の週も避けてください。初日に直属の責任者がいない場合、その人にとっての会社は「最初に案内してくれた誰か」になります。どうしても外せないなら、初日を1週間ずらすか、代理を立てて、その理由を事前に本人に伝えます。
逆に、良い入社日もあります。月初や期初は、チームの目標を共有する場があり、新しい人が全体像をつかみやすい。定例会議の直前に入ると、メンバー全員と一度に顔を合わせられます。「来られる日」ではなく「迎えられる日」で選ぶ、という発想を一度持つだけで、初日の質が変わります。
承諾から初日まで、部門の責任者がやること
部門の責任者が、承諾から初日までにやっておく5つ
| No. | やること | いつ | 具体 |
|---|---|---|---|
| 1 | 連絡の担当と頻度を決める | 承諾の直後 | 人事が手続きを、部門の責任者が仕事の話を担当する。頻度は月1回で十分。「誰がいつ連絡するか」を決めておかないと、誰も連絡しない |
| 2 | 配属先の責任者から一度連絡する | 承諾から2週間以内 | 「一緒に働くのを楽しみにしています」ではなく、「入ってもらったら、まずこの領域を見てもらう予定です」と具体を伝える |
| 3 | 最初の仕事を決めておく | 入社1か月前まで | 初日に「まずは慣れてください」と言わずに済むよう、2週目に終わる小さな仕事を1つ決めておく |
| 4 | 初日から使える環境を用意する | 入社1週間前まで | PC、アカウント、入館証、席。初日に「明日には使えるようにします」が起きない状態にする |
| 5 | 既存メンバーに伝える | 入社1週間前まで | 誰が、いつ、何をする人として入るのか。来てから紹介するのでは遅い |
5つのうち、いちばん効くのは2つ目です。人事からの事務連絡は届いていても、配属先の責任者から一度も連絡がないまま入社日を迎える人は珍しくありません。その一通があるかないかで、前職で慰留されたときの気持ちが変わります。
文面は短くて構いません。「先日はありがとうございました。入社後は、まず○○の領域を担当していただく予定で、△△と一緒に進めてもらいます。当日は9時半に受付で私がお迎えします」。これで十分です。長い手紙より、「誰と」「何を」「初日はどうなる」が書いてあることのほうが効きます。
3つ目と4つ目が、初日の空気を決める
「最初の仕事を決めておく」と「初日から使える環境」は、地味ですが、この2つが抜けると初日が崩れます。
初日にPCがない。アカウントが発行されていない。入館証が仮のもの。こうしたことは、「あなたを迎える準備はまだできていない」と、言葉を使わずに伝えてしまいます。本人は何も言いませんが、前職では当たり前に持っていたものが手元にない時間は、想像以上に長く感じられます。
最初の仕事が決まっていない場合も同じです。「まずは資料を読んで、慣れてください」と言われた人は、読みながら、自分が何のためにここにいるのかを考えます。経験のある人ほど、手を動かせない時間を苦痛に感じます。
この2つを「入社1週間前」の締め切りにする
- 環境(PC・アカウント・入館証・席)は、入社1週間前に「使える状態」を確認する。当日の朝に確認すると、間に合わない
- 最初の仕事は、2週目に終わる大きさで1つ。大きな案件を任せるのは、会社のやり方を一通り見た後でよい
- どちらも部門の責任者が自分でやる必要はない。誰がいつまでにやるかを決めて、1週間前に確認するだけ
- 確認のとき、実際に本人の席に座ってPCを立ち上げてみる。「発行済み」と「使える」は別物のことがある
既存メンバーに伝えておく
5つ目は忘れられがちですが、迎える側の空気を作ります。来る人の名前、入社日、どの仕事を担当するか、これまで何をしてきた人か。これを入社の1週間前にチームに共有しておくと、初日の「はじめまして」が変わります。
伝えるときに一つ加えてほしいのは、「この人に何を期待しているか」です。「経験のある人が来るから、みんな楽になる」ではなく、「○○の領域を強くしたくて来てもらう。最初の3か月は、みんなの知っていることを渡してほしい」。この一言がないと、既存メンバーは新しい人を「助けに来た人」か「仕事を取りに来た人」のどちらかで受け取ります。前者なら過剰な期待が生まれ、後者なら距離が生まれます。どちらも、本人が入ってから修正するのは骨が折れます。
承諾から初日まで:何もない場合と、5つをやった場合
何もない
- 人事からの手続きの案内だけが届き、仕事の話は一度もない
- 前職で慰留されたとき、こちらを選んだ理由を思い出す材料がない
- 初日、PCは「明日には」。席に案内され「まずは慣れてください」
- 既存メンバーは、当日になって新しい人が来ることを知る
5つをやった
- 誰がいつ連絡するかが決まっていて、月1回の接点がある
- 承諾から2週間以内に、配属先の責任者から「まずこの領域を」と連絡が届く
- 初日、PCも席も使える。2週目に終わる小さな仕事が1つ決まっている
- 既存メンバーは1週間前に、誰が何のために来るのかを聞いている
入社前に伝えるべき「仕事の現実」の内容はこちら、入社後の90日の組み立てはこちらで扱っています。
入社前に連絡すると、前職の在職中なので迷惑ではありませんか。
頻度と手段を選べば迷惑にはなりません。月1回、私用の連絡先に、返信を求めない形で送る。「返信は不要です」と書き添えるだけで、相手の負担はほぼなくなります。むしろ、何も来ない期間が長いほうが「歓迎されていないのか」と受け取られます。
最初の仕事を決めておくと、入社後に状況が変わったときに困りませんか。
変わったら変えて構いません。目的は、初日に「まずは慣れてください」と言わずに済むことです。実際に入ってもらったら別の仕事のほうが適していた、という判断は普通に起きます。そのときは「当初はこれを考えていたが、話を聞いて別のほうがよいと思った」と伝えれば、むしろ見てもらえている感覚になります。
5つを部門の責任者がやる時間がありません。
全部を自分でやる必要はありません。2つ目(配属先からの一報)だけは責任者本人が送ってください。5分で書けます。残りの4つは、誰がいつまでにやるかを決めて、入社1週間前に確認するだけで回ります。確認の10分が、初日の1時間を守ります。
内定辞退を防ぐ効果はありますか。
承諾後の辞退は、他社からの連絡か、前職の慰留がきっかけで起きます。どちらも「こちらを選んだ理由」が薄れているときに効いてしまう。月1回の接点と、配属先からの具体的な一報は、その理由を思い出す材料になります。辞退をゼロにはできませんが、「何も連絡がなかったので不安になった」という理由での辞退は防げます。



